2013年01月

2013年01月01日

LOVE149[愛してる?]

僕らは何のために生まれてきたのか
何のために生きているのか

お金や食物も
もちろん大切なんだけど

いろんなものをたくさん得ること
そんなものは大したことじゃない

もっともっと大切なものが
あるような気がするんだ

幸せになること

生命活動を継続するための最低条件をクリアした上で
幸せを求めること

それが生きることの
究極の目的なのかも知れない

それを得るための僕にとっての必要条件は
僕の周りの連中がそれぞれに幸せにやって行ってること

それを実現するためには
僕の周りに居る気のいい連中

とりわけ君は不可欠な存在

君が居るだけで幸せだなんて
思ったことは無いけど

君が居なくなったときのことなんて
考えられない

だから

多分僕は君のこと
愛してるんだろうって…

kimihiro3 at 11:34|Permalink  

LOVE148[シエスタとスコール]

この数日
熱帯の生活を
僕は送ってる

幼い頃
爺さんから聞いた
マライの夏

「マライは木陰で昼寝をする
毎日夕方になったら雨が降る」

今年の豊中は熱帯
僕はマライの人と同じように
ギター抱えたまま昼寝

(スコールが来たら
目も覚めるだろう)

勤務中って訳ではないけど
今夜も夜更かしするために
一眠り…

kimihiro3 at 11:32|Permalink  

LOVE147[幸せそうな風景]

昨日のスコールの後
また夏空

窓を開け放って
風を入れると

空をのんきに漂っている
ひつじ雲たちの群れ

セミも泣き止んだと思えば
小鳥たちのさえずり
(餌の在り処でも示し合わせてるのか?)

甲高いおばさんの笑い声
うん

二、三回立て続けに聞こえるから
よほど嬉しいことがあったのか

それとも
単なるギャグで受けてるのか

まあいずれにしろ
幸せそうな風景を

乱すものでは無いか…

kimihiro3 at 11:30|Permalink  

LOVE146[流行歌]


 伊丹空港に着いて、まず空港バスで難波へ向かい、なんばから道具屋筋を抜けて、日本橋、恵美須町と回った。地下鉄恵美須町駅前で、カレー屋のうちわを貰っただけで、結局何も買わず、梅田駅まで。春までは無かったが、阪急の茶屋町口の近くに画材屋が店を出していたので、そこで、水彩紙のスケッチブックを二冊買って豊中まで帰った。それからもう一週間以上になるが、豊中駅界隈や、岡町、石橋あたりの商店街や神社をうろつく位で、あとは、主に今まで書き溜めていた『歌』を編曲して、ボーカロイドに歌わせ、ホームページ(Vocaloidの部屋 http://wwwa.pikara.ne.jp/mirai/)にアップすることに費やした。
 編曲やボーカロイドに歌わすということは、結構『地道な作業』で、あまり色々とやりすぎてもいけない。『拘りと妥協』のせめぎ合いなのだ。(絵画あたりでは『描き過ぎ!』などと言われて、窘められたりするようなことは、他の分野でも同じように起こったりする)
 自分のやってる作業は、最近流行の『打ち込み系』と言われるものだが、音出しのプログラムを作っている訳だから、作曲家が楽譜を書く行為に等しい。(実際自分の場合は、五線紙に楽譜を書いてからパソコン上で五線紙に旋律を入力し、コードを入れてから編曲の作業に入ることが多い)ギター等で、音を確認しながらの作業だが、
(結構理系的な作業かも…)と思う時もある。(数学や物理で、問題解いたり作ったりする時の『地道な計算』あたりに『地道な作業』があたるのかも…)
 以前にも書いたが、『うた』って考えてみると、『歌』『詩』『唄』『唱』等の漢字を当てたりするが、『歌』だけでも、『音楽の一形態』とは異なる、和歌(短歌、長歌、連歌等)『詩の一形式』といった意味も持っている。
 だが、”『音楽の一形態』とは異なる”と表現はしたが、自分としては、毎年テレビのニュースあたりで放映される、新年の歌会始で歌が詠まれているのを聞くにつけ、
(これは歌ってる!)と思うのである。越天楽のような、冗長なメロディーにも似た節回しをつけ、詠まれる歌は、日本古来の雅楽に通じるところがある。リズムをつけて詞(ことば)を吟じることは、歌うことそのものなのだ。(少なくとも自分はそれらの違いをあげつらう意味を感じない)和歌にはそれなりの形式があるにしろ、元々歌うための詞なのだ。それが、自分が詩と曲のコラボを模索している理由の一つでもある。
 そもそも歌のルーツは、原始時代あたりに、嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、辛いこと等の心に強く感じることがあった時に、つい口ずさんだ言葉と節あたりだと思っている。喜びの歌や、鎮魂歌、労働歌など、現在データ化されて、様々な場面で歌われるものも、さらに洗練されたものであるとは言え、その域を出てないし、出る必要もない。
 ”日本古来の雅楽”と表現したが、実は雅楽は当時の大陸から来た『音楽』の模倣、今で言えば、欧米の『流行歌』を海外由来の楽器を使って、和製ポップスとして、作り変えるようなことを、昔の貴族達も、大いなる大陸文化への憧れを持って、やり始めたのが起源だったのではないかと思っている。(当時の貴族の中にも『最近の若い連中は…』と眉をしかめるのも居たのでは…)一時いろんな批評家達に槍玉に挙げられたビートルズの歌ように、『流行歌』(『りゅうこうか』または『はやりうた』)というのも、後の時代にはスタンダードになるものもあるのだ。逆に、いくらその時、頂点にあったとしても、つまらないものは時代に淘汰されるはずなのだ。
 これは他の芸術の様々な分野においても、全く同じことが言える。

※ 『詩誌 海流』編集後記のスペースの制限(実際はもっと少なかった)より続きは後日、『詩誌 海流』への掲載の機会&自分のやる気があれば…。

kimihiro3 at 11:28|Permalink 日記